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東日本大震災とリハビリテーション - リハビリテーション専門病院としての支援共同活動 -. 一般財団法人みちのく愛隣協会 東八幡平病院 及川忠人 リハビリテーション・ケア合同研究大会札幌2012 イブニングセミナー 札幌コンベンションセンター 2012-10-11 16:30~17:30. 講演内容要旨. 1)東日本大震災の初動期の対応 2)検案医の派遣支援活動 3)県内各リハ専門病院の支援活動 4)千葉県「こころのケア」チーム支援活動 5) 陸前高田市保健医療福祉未来図会議
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東日本大震災とリハビリテーション-リハビリテーション専門病院としての支援共同活動-東日本大震災とリハビリテーション-リハビリテーション専門病院としての支援共同活動- 一般財団法人みちのく愛隣協会 東八幡平病院 及川忠人 リハビリテーション・ケア合同研究大会札幌2012 イブニングセミナー 札幌コンベンションセンター 2012-10-11 16:30~17:30
講演内容要旨 • 1)東日本大震災の初動期の対応 2)検案医の派遣支援活動 3)県内各リハ専門病院の支援活動 • 4)千葉県「こころのケア」チーム支援活動 • 5) 陸前高田市保健医療福祉未来図会議 • 6) 「こころのデイケア」巡回型支援共同活動 7)災害時支援活動の課題と留意点
平成23年(2011年) 3月11日午後2時46分平成23年(2011年) 3月11日午後2時46分 三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が東日本全体に大災害をもたらしました。 三陸沿岸は地震後の大津波により悲惨な人的・物的大災害となった。
初動期の対応(1) • 被災地への帰郷までの経過: 2011年3月11日午後2時46分、演者は関連学会主席で岡山県津山市に居りました。 • 盛岡在住の次男の妻より「大変激しい、長時間の地震があり、家の中におれず、車中で避難している」とのメイルがあった。 • 直ちに帰宿、テレビを見ると、宮城県仙台空港が「黒い波」に覆われる厳しく信じられない大津波現場の映像に驚き、言葉を失った。
初動期の対応(2) • 東八幡平病院の被災状況は、携帯電話で現場の状況を把握出来た。 • 南病棟病室スプリンクラーの誤作動で出水。余震も予測され副院長指示で、南病棟の患者さんの半分を東病棟廊下に、残りの半分を介護老人保健施設「希望(のぞみ)」のロビーに緊急避難移動を安全に行い、リハ部全員の共同食事介助で平穏であった。。 • 幸い人的被害が皆無であり、空路伊丹~秋田便を確保、病院に到着したのは3月13日(日)午後2時頃であった。看護部長、事務長から震災直後から3日間の経過報告を受け、その労に感謝した。
初動期の対応(3) • 通勤職員の移動用のガソリンおよび自家発電用の軽油、ボイラー用のA重油等の確保が困難で深刻で関係者への協力要請を行った。 • 通勤困難職員は近隣宿舎を確保、食事は病院栄養部から提供を受ける緊急体制とした。 • 食料不足顕在化し、関連社会福祉法人「カナンの園カナン牧場」から定期的なパン提供をお願いして、病院職員の栄養確保に寄与した。 • 3月11日~13日の緊急避難時後の安全管理は業者に連絡し、緊急対応の第三者確認を行った。
東北地方太平洋沖地震・岩手県医師会 災害対策本部設置への対応東北地方太平洋沖地震・岩手県医師会 災害対策本部設置への対応 平成23年3月11日14時46分 マグニチュード9.0地震発生 同日15時30分:岩手県医師会に災害対策本部を設置 6日以内に60%余震が起こることが予測 14:50 県立中部病院真瀬医師と連絡、県庁への参集を要請 15:12 EMIS(広域災害救急医療情報システム)にて厚労省 から全国のDMAT待機要請 15:20 岩手医大秋富医師県庁参集 15:30 県立磐井、久慈、中央DMAT待機中 16:35 日赤県支部から盛岡赤十字病院が患者受け入れ可能 であることを確認 16:03 厚労省がDMAT参集拠点を仙台医療センターに決定 16:08 厚労省がDMAT参集拠点として福島県立医大病院を 追加決定 16:46 宮城県、福島県から全国のDMATに派遣要請がある
16:48 岩手医大DMATを県立久慈病院に派遣 県立久慈病院で受け入れた負傷者は、県立二戸 病院に搬送すること 16:50 県立中部病院DMATが県立釜石病院の支援に向 かうとの連絡あるも道路通行止めにより派遣中止 17:00 本県へのDMAT派遣要請の検討 17:30 EMISにて厚労省に対して全国のDMAT派遣要請 参集拠点は岩手医大付属病院を指定 17:48 厚労省から全国DMATの参集拠点として茨城県・ 筑波メデイカルセンター病院と岩手県・岩手医大 付属病院を追加したとの連絡あり(メール) 18:15 県立胆沢病院対応不可(防災本部情報)沿岸部 からの負傷者搬送は、岩手医大へ搬送予定 18:15 県立磐井病院軽傷者の受け入れ可能 20:30 岩手医大付属病院への全国DMAT参集状況 北海道1チーム待機、青森県1チーム参集完了、 2チーム移動中、秋田県5チーム移動中、1チーム待機中、山形県チーム準備中、 DMAT派遣状況:岩手医大DMAT1チーム が二戸病院へ、二戸病院DMATチームが県立久慈病院へ
郡市医師会への日本医師会・情報提供 3月12日第1報:各県医師会(青森県医師会、宮城県医師会、秋田県医師会からの初動情報等 3月12日18:00 通信インフラが破壊されており、情報がほとんど入らない状況、県警察と連携して検死を行うも、警察医中心で忙しく対応している 3月12日16:00 東北地方は一部ののぞいて、すべてインフラが壊滅状態になっている (日医石井常任理事) 介護施設では食糧不足があり、職員みんなが炊きだし同然の状態 福島第一原発の状況が一番心配である。今すでにメルトダウンしているのであれば、もし爆発が起こればチェルノブイリと同じ状態になるだろう。30キロ先の岩城市に万単位の人々が避難してくる予想が立つ、その時の状態が大変心配である
東北地方太平洋沖地震:情報提供第二報 平成23年3月13日12:00 日本医師会災害対策本部では、被害地域の県医師会、郡市医師会と連絡を取り、必要な医療支援、物資などの要求の把握に努める すでに現時点ではDMATが投入されており、急性期災害医療の役割に比して、検死の役割が重要となる また週明けの15日頃から避難住民などの健康維持や慢性期疾患の管理が大切なり、残された医療資源の中で現地と協力しながら、継続が必要 短期的中期的な支援体制を早急に組む必要がある 平成23年3月14日には一定の検討依頼を出す予定 3月12日福島第一原発の従業員の被爆 1・2号機にて非常用炉心冷却装置注水不能 1号機付近から発煙 13日11:00原発付近から搬送された要除洗被爆者が19名
3月11日(金) 午後7時20分(発災後5時間後)「岩手県警察」から 遺体検案医応援の要請 ↓3月12日(土) 午前8時県内の県警嘱託医へ 検案協力を要請(4名確保) ↓3月13日(日) 午後2時各郡市医師会長へ検案協力を依頼 岩手県医師会への派遣医要請の経過 (岩手郡医師会では医師会役員を中心に6名の派遣を決定し連絡)
検案医の派遣活動 • 岡山県津山市から東八幡平病院に戻り、現場の被災状況を岩手県医師会に連絡した。 • 沿岸被災地検案医の不足が深刻で、地元各医師会に検案医派遣検討の要請があり、役員会で協議し、岩手郡医師会役員を主に述べ6名の検案医派遣を早期に実施した。 • 発災の3月11日(金)から7日目の3月17日(木)に県警車両で陸前高田市米崎中学校に行き、神奈川県警検案部隊と協力し検案書作成等の活動支援を実施した。
陸前高田市中心部 (被災後) (被災前)
陸前高田市内の被災状況(3月17日) 陸前高田市内の状況(3月17日)
遺体数と身元判明数 3月16日 遺体数621体 3月20日 身元判明数398体 (平成23年8月16日現在) 自衛隊・米軍・海上保安庁による 大規模捜査 (4月1日~3日) 3月 4月 5月 (岩手県内)
検案医派遣数と遺体搬入数 死体搬入数 検案医派遣数
津波被害に遭った県立病院 (岩手県立高田病院) 気仙川 海抜6m 約1.3km 高田松原
検案医としての経験 • 神奈川県警遺体検案処理班の方々が6~7人でグループとなり、御遺体一例一例を丁寧に対応された。 • 小生は検案書類を作成する作業を担当しながら約40体の検案書に関わった。その中には入院中の患者さんや医療スタッフ、お見舞い客も含まれており、巨大津波の猛威に言葉が無く 頭を殴られるような衝撃であった。 • 御遺体を確認にこられる家族は意外に少なかったが時々家族の悲鳴と嗚咽が響いていた。
大津波災害時の防潮堤 • 大船渡湾の湾口防波堤は南堤約290m,北堤約244m、最大水深38mであった。 • 今回の津波はこれらの防潮堤、防波堤を安々と超えたばかりか、破壊してしまった。これは一体何故なのか? • これらの人的物的被害を出しながら「想定外」のひと言で片付けてしまっていいのか? • 陸前高田の防潮堤は海側の一線堤、陸側の二線堤からなる。一線堤は約1.9km高さ三m 天端巾3.8m,規定巾約12m,二線堤は長さ約2km高さ約5.5m規定巾約14mであった。
被災地避難住民の受け入れ対応 • 発災から3週間目の3月月末から4月上旬にかけて沿岸被災地避難者への支援要請を八幡平市より要請された。 • 近隣ホテルに約50名の被災地避難者が到着、健康講話、食事・運動等の学びの場、押し花作り、健康チェック等を行ない、リハビリテーション支援も合わせて実施した。 • この間毎週1回特別外来を設置し被災地住民の診療を行った。ほとんどの方が「九死に一生を得た」体験談を話され、被災者の生の体験を聴くことが重要であることを学んだ。
避難民の方々の印象的な二症例 • 太平洋戦争末期1945年7月14日釜石は米軍海軍の艦砲射撃攻撃を受けた。その方の父親は、そのまま帰らなかった。今回の大槌の被災状況は戦争の惨状を超えていると語っていた。目の前で自分の家族、母家が流される記憶は鮮烈に心の傷として残っていた。 • 地震後、中学生の子供のことが気になり、高田一中へまづ向うことにした。そのことが偶然にも自分の命を救うことになるとは予想出来なかった。
各リハビリテーション専門病院の活動 • いわてリハビリテーションセンターの活動: 被災直後から岩手県医師会災害対策本部のリハビリテーション部門を担当し、岩手県地域リハビリテーション広域支援センターの立場から沿岸部支援センターとの連携を重視 して被災地のほとんどの広域支援諸活動を担った。(現地支援センターとの連携活動) • 川久保病院の活動: 大船渡市を中心として医療支援とリハビリテーション支援を担い、被災患者さんの適応判別や行政機関との連携に寄与した。
現地の被害状況とDMATそして JMAT、JMAT-岩手現地の被害状況とDMATそして JMAT、JMAT-岩手
DMATについて 岩手DMAT(7チーム) 各都道府県DMAT(29県から128チーム) (阪神淡路大震災後にDMATが組織され、数年前から訓練も開始している。) 岩手医大 県立中央病院 県立胆沢病院 県立磐井病院 県立久慈病院 県立中部病院 県立二戸病院 北海道、青森県、秋田県、茨城県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、石川県、山梨県、長野県岐阜県、愛知県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県、島根県、鳥取県、岡山県、山口県、徳島県、高知県宮崎県
JMAT岩手の活動 JMAT撤退後の継続的支援(6月下旬から実施) 県立病院が全壊した、山田町、大槌町,陸前高田市を支援することにした。 海岸近くの平地にある県立病院は全壊、 高台や奥地にある県立病院は無傷であった。
J-MAT岩手の活動 内陸から沿岸への肋骨道路を利用した対応 平成24年7月1日より開始されて岩手郡医師会は県立山田病院を後方支援を継続した。
山田町支援 JMAT岩手 盛岡市医師会 岩手郡医師会 二戸医師会 県立山田病院設診療所 日曜日・祝日の支援
大槌町支援 JMAT岩手 紫波郡医師会 花巻市医師会 県立大槌病院仮設診療所 土曜日・日曜日・祝祭日の支援
陸前高田支援 JMAT岩手 北上市医師会 一関市医師会 奥州市医師会 その他各診療部会 岩手県医師会陸前高田診療所 水曜日・木曜日(15時~18時) 日曜日・土曜日(11時~16時) 祝祭日は休診
大槌町・瓦礫の中たくましく咲く鈴蘭の花 (平成23年5月21日県医師会撮影)
こころのケアチーム活動内容の概要 ※企業、民間等職員のスクリーニングも開始 ※6/13、AM保健所、PM一中でアルコール研修会 1 宣伝活動 こころのケアに関するチラシの配布、代表者聞き取り 2 スクリーニング、啓発 避難者への声かけ・面接、必要時、精神科医療へ 3 個別面接 保健チーム、救護班等からのfollowケース 4 精神科外来(週1回:米崎コミセン) 5 市役所職員等スクリーニング・個別面接 6 啓発・健康促進 教員や母子を対象に研修会・リラクゼーション