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2000 年代の米国の対外不均衡の拡大と 対外負債の持続可能性を再考する ~長期的持続性を支える構造~ 日本国際経済学会、関西支部研究会 2012 年 6 月 9 日 竹 中正治 龍谷大学経済学部教授 (財)国際通貨研究所客員研究員 m-takenaka@econ.ryukoku.ac.jp takenaka1221@yahoo.co.jp. 1. 発表の骨子.
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2000年代の米国の対外不均衡の拡大と対外負債の持続可能性を再考する~長期的持続性を支える構造~日本国際経済学会、関西支部研究会2012年6月9日竹中正治龍谷大学経済学部教授(財)国際通貨研究所客員研究員m-takenaka@econ.ryukoku.ac.jptakenaka1221@yahoo.co.jp2000年代の米国の対外不均衡の拡大と対外負債の持続可能性を再考する~長期的持続性を支える構造~日本国際経済学会、関西支部研究会2012年6月9日竹中正治龍谷大学経済学部教授(財)国際通貨研究所客員研究員m-takenaka@econ.ryukoku.ac.jptakenaka1221@yahoo.co.jp 1
発表の骨子 • 米国の対外資産・負債のプラスの投資リターン格差を前提にすると、今後長期にわたって貿易赤字(含む経常移転収支)がGDP比率で4%程度の赤字を持続しても、対外純負債のGDP比率は安定的、あるいは緩やかな減少となる可能性が高い。 • プラスの投資リターン格差が縮小、逆転に向かう兆候はいまだ見られない。 • 2000年代の貿易収支、経常収支に見る対外不均衡の拡大は、対外ポジションからのキャピタルゲインの趨勢的な拡大を反映した米国の対外制約条件のシフト(より大きな赤字許容の方向へのシフト)により生じた可能性がある。 本件発表は「米国の対外不均衡の真実」(竹中正治、晃洋書房、2012年2月)の1章、並びに2章に基づく。 1章:竹中(2009a、2010b)の2論文に加筆修正したもの。2010年5月日本金融学会春季大会で報告 2章:竹中(2010c)がプロトタイプで2011年5月日本金融学会春季大会で報告、しかしその後の再考で大幅に修正している。
Ⅰ、長期的に持続可能な貿易収支比率(STBR, Sustainable Trade Balance Ratio)の提起
経常収支赤字とドル相場の推移2006年(名目GDP比率6.0%)をピークに半減し、2010-11年平均は-3.2%、貿易収支(含む経常移転収支)ベースでは同-4.5%。しかし縮小後も80年代のピーク時に匹敵する水準。経常収支赤字とドル相場の推移2006年(名目GDP比率6.0%)をピークに半減し、2010-11年平均は-3.2%、貿易収支(含む経常移転収支)ベースでは同-4.5%。しかし縮小後も80年代のピーク時に匹敵する水準。
対外ポジション(対GDP比率)の推移GDP比で3%余の経常収支赤字が継続しているが、対外純負債は2000年代に入って横ばい、ないしは微減の傾向対外ポジション(対GDP比率)の推移GDP比で3%余の経常収支赤字が継続しているが、対外純負債は2000年代に入って横ばい、ないしは微減の傾向 ?
「対外純負債が持続可能」とはどういうことか?「対外純負債が持続可能」とはどういうことか? 小川・工藤(2004)による先行研究の整理 「対外債務が返済可能であるためには、貿易収支の輸出項目と輸入項目が共和分関係にあることが必要条件」であり、また「対外債務水準(の時系列値)が定常であることが、債務返済を可能とすることにとっての十分条件になる。」→米国の経常収支赤字は長期的に持続不可能 • 諸変数の現在までの時系列データの形状から判定する手法。しかし「持続不可能」と判定した結果、持続可能な状態に戻るためにはどのような与件の変化が起こり得るかを考え、さらに幾つかの想定の基に対外純負債の将来動向の試算をすることには不向き。 発表者(竹中)の定義: • 標準的な定義:異時点間の予算制約を満たす。すなわち経常収支赤字などの増加で対外純負債がGDP比で拡大する時期があっても、将来的には経常収支の黒字、あるいは対外資産の負債に対する相対的な拡大で、純負債がGDP比率で現状水準を維持する。 • より強い制約条件による定義:上記の異時点間の予算制約条件を満たし、かつ将来時点において対外資産と負債の均衡(純負債の解消)が実現する。 経常収支赤字(フロー)の持続可能性の問題は、ストックとしての対外純負債の持続可能性の問題に収斂する。 予算制約条件のタイムスパンとして、どの程度の期間の想定が妥当か。 理論的には無限期間の想定もあり得るが、現実には対米投資を行う海外投資家の判断に依存している問題であり、無限期間の想定は非現実的だろう。推計は難しいが、5年では短すぎる。50年では長すぎる。 とりあえず20年と仮定を置いて進める。
経常収支の累積と対外ネットポジションの乖離が90年代以降拡大←対外資産20.3兆ドル、対外負債22.8兆ドル(2010年末)が資産・負債評価益を発生させている。 資産・負債の価格変動を含めた総合投資リターンとその格差を考慮して考える必要がある。(対外資産負債の評価損益は、所得収支に含まれないので、経常収支にも含まれない。)経常収支の累積と対外ネットポジションの乖離が90年代以降拡大←対外資産20.3兆ドル、対外負債22.8兆ドル(2010年末)が資産・負債評価益を発生させている。 資産・負債の価格変動を含めた総合投資リターンとその格差を考慮して考える必要がある。(対外資産負債の評価損益は、所得収支に含まれないので、経常収支にも含まれない。)
米国の貿易収支、ないしは経常収支赤字と対外純負債の持続可能性の過去の議論と発表者の視点1990年代までは経常収支赤字というフローの分析に焦点を当てたアプローチが一般的であり、「経常収支赤字の累積=対外純負債の増加分」という関係がそれまで成り立つ限りで合理的だった。また対外負債の持続性についても、対外純負債を1変数としてその負債コスト(利子率)を考慮するだけだった。 Krugman (1985)(1989)2000年代に入って、対外資産と負債のポートフォリオの相違、資産・負債の総合投資リターンの格差、これらの貿易収支以外の要因による対外純負債の変動に着目した視点が登場した。 Gourinchas and Rey (2005)(2007), Garton (2007) 金融・投資活動のグローバル化に伴って、米国の対外資産と負債のグロス残高は、その絶対額で見ても、名目GDPとの比率で見ても90年代以降に顕著な拡大を遂げた。この結果、対外資産・負債が生み出す所得、並びに資産・負債評価損益の投資リターン、資産と負債で通貨構成が非対称となる場合の為替評価損益などの諸要因が、貿易収支要因に比較して、次第に影響度を上げてきた。こうした新しい諸要因は当該分野の研究者の間では注目されるようになって来たが、対外不均衡問題にそれがもたらすその含意はまだ十分に汲みつくされていないようである。筆者の視点:こうした非貿易収支要因に注目して、米国の対外純負債の持続性を再検討する。
対外純負債を試算する計算式資産負債のリターンと貿易赤字のみで構成、新規フローを考慮しない場合所得収支は資産負債の総合リターン(=所得リターン+キャピタル・リターン)に含まれる。対外純負債を試算する計算式資産負債のリターンと貿易赤字のみで構成、新規フローを考慮しない場合所得収支は資産負債の総合リターン(=所得リターン+キャピタル・リターン)に含まれる。 Dt+1=Bt+1+At(1+ra)-Lt(1+rl) 赤字はマイナス表示 ① Dt+1:t+1期末の対外純ポジション(純負債はマイナス表示)、 dt+1:同名目GDP比率 Bt+1:t+1期の貿易収支(赤字はマイナス表示)、 bt+1:同名目GDP比率 At:t期末の対外資産、 at:同名目GDP比率 Lt:t期末の対外負債、 lt:同名目GDP比率 ra:対外資産の総合利回り(含む評価損益) rl:対外負債の総合利回りコスト(含む評価損益) g:名目GDP成長率(各期一定の前提) 全て名目GDP比率で表示すると①は以下の通りとなる。 dt+1=bt+1+{at(1+ra) -lt(1+rl)}/(1+g) ②
持続可能な貿易収支比率(Sustainable Trade BalanceRatio: STBR) STBR1:②式に基づき、タイムスパンを20年と仮定して、20年後の米国の対外純負債比率(対GDP)が起点時点と同じ水準になる( d20 =d1 )貿易収支の名目GDP比率を計算する。 標準的な予算制約条件 STBR2:同様に20年後の米国の対外純負債比率がゼロになる(資産・負債均衡する:d20=0) になる貿易収支比率を計算する。 より強い予算制約条件 対外純負債比率が前年比で増加しない条件:PTBR(Primary Trade Balance Ratio) dt+1-dt=0 (ネット負債はマイナス表示)これに②を代入して展開すると bt+1+{at(1+ra)-lt(1+rl)}/(1+g) -(at-lt)=0 bt+1+at{(1+ra)/(1+g) -1}-lt{(1+rl)/(1+g) -1 }=0 ③ 総合投資収支(含む評価損益)黒字の条件: atra-ltrl>0 a/l > rl/ra ④ (「総合投資収支」とは発表者の用語であり、所得収支とキャピタルゲイン・ロスの合計であるが、国際収支統計上のカテゴリーにはない。)
以上の関係式の含意(読み解き) 対外資産・負債リターンの関係が ra>rlで一定であり、かつ対外資産の負債に対する比率が関係式④(総合投資収支黒字条件)を満たす場合には、対外資産のGDP比率(a)の拡大に連れて、対外予算制約条件としてのSTBR(赤字はマイナス値)もマイナスが拡大する。 つまり持続可能な貿易収支赤字比率は大きくなる。 試算の都合上、算出するSTBRは貿易収支に経常移転収支(米国では政府対外援助などにより通常は赤字)を加えたものとする(以後本稿で、「貿易収支赤字比率」と記載した場合は全て経常移転収支を含む収支の名目GDP比率である)。 これは経常収支のうち所得収支は、対外資産・負債の変化に連れて増減するため、対GDP比率で一定値と想定する変数は経常収支から所得収支を除いた部分、つまり貿易収支と経常移転収支の合計とする方が、計算が簡単になるためである。
STBR計算の前提として対外資産・負債の総合投資リターンの計算STBR計算の前提として対外資産・負債の総合投資リターンの計算 2009年6月公表データに基づく
計算式②が現実の対外純負債を近似することの検証②に対象期間の平均実績値(右表のb,g,a,ra,rl)を代入して計算すると1989年を起点にした08年値はd=-30.8%となり、実績値より純負債比率が大きくなる。これは新規のマネーフローで対外資産負債が両建てで増加している部分を勘案していないためである。一致するための修正(新規マネーフローの追加)F+C=Fa=Fl C:経常収支(赤字はマイナス表示)Fa:ネット新規フローによる対外資産の増加Fl:同対外負債の増加f+c=fa=fl (対名目GDP比で表示)at+1=at(1+ra) +fa l t+1=lt(1+rl)/(1+g) –bt+1+fld t+1= at+1 -l t+1⑤右表はその結果ただし後で示す将来試算は②のまま行う。
持続可能な貿易収支比率(STBR1と2)の過去に遡った試算結果(試算の前提となる変数として19890-08年の平均実績値を使用)持続可能な貿易収支比率(STBR1と2)の過去に遡った試算結果(試算の前提となる変数として19890-08年の平均実績値を使用)
貿易収支比率実績値とSTBRの推移(前スライド計算値のグラフ化)含意:1990年代から2000年代にかけての米国の対外不均衡の拡大は必ずしも無軌道なものではなく、対外資産・負債両建ての急速な拡大と対外投資リターン格差の存在による対外予算制約条件の拡大を映したものだったという理解が可能になる。貿易収支比率実績値とSTBRの推移(前スライド計算値のグラフ化)含意:1990年代から2000年代にかけての米国の対外不均衡の拡大は必ずしも無軌道なものではなく、対外資産・負債両建ての急速な拡大と対外投資リターン格差の存在による対外予算制約条件の拡大を映したものだったという理解が可能になる。 ただし99年~2006年の貿易赤字比率の拡大は、STBR1と2双方の対外制約条件を超える持続不可能な域に達していた。 07年以降はその調整局面と考えられ、米国の貿易赤字比率は双方の制約条件内に回帰している。
1989年以降の米国の貿易収支比率実績値(年間ベース)の変化は、STBR1と2、あるいはPTBRを説明変数にして単回帰するだけで、60%から70%が説明できる。1989年以降の米国の貿易収支比率実績値(年間ベース)の変化は、STBR1と2、あるいはPTBRを説明変数にして単回帰するだけで、60%から70%が説明できる。
投資リターン格差を考慮した対外純負債の3つの将来コースの試算(前掲②式に基づく対外ポジションの将来試算)その1:純資産転換コース 諸変数を過去20年間の平均値で想定すると10年足らずで対外純負債は純資産に転換する。その2:資産・負債均衡コース 諸変数を過去20年間平均値よりやや不利に想定その3:対外負債発散(膨張)コース その2の条件からさらに投資リターンがフラットになる不利な想定→含意:対外資産負債のプラスの投資リターン格差と資産負債両建ての増加基調は、対外不均衡のソフトランディング調整のための米国の生命線投資リターン格差を考慮した対外純負債の3つの将来コースの試算(前掲②式に基づく対外ポジションの将来試算)その1:純資産転換コース 諸変数を過去20年間の平均値で想定すると10年足らずで対外純負債は純資産に転換する。その2:資産・負債均衡コース 諸変数を過去20年間平均値よりやや不利に想定その3:対外負債発散(膨張)コース その2の条件からさらに投資リターンがフラットになる不利な想定→含意:対外資産負債のプラスの投資リターン格差と資産負債両建ての増加基調は、対外不均衡のソフトランディング調整のための米国の生命線
米国の対外予算制約条件を大幅に緩和した諸条件は継続するか?①90年代以降急拡大した対外・対米投資フローとその結果としての対外資産・負債両建ての拡張基調は今後も続くか? リーマンショックで2008年は減少するも、その後は復調基調米国の対外予算制約条件を大幅に緩和した諸条件は継続するか?①90年代以降急拡大した対外・対米投資フローとその結果としての対外資産・負債両建ての拡張基調は今後も続くか? リーマンショックで2008年は減少するも、その後は復調基調
対外・対米長期証券投資フロー:サブプライム危機(2007)、リーマンショック(2008)ユーロ圏政府債務危機(2011年)など危機の局面では変調(双方向的資金引き揚げ)が見られたが、変調は短期的なものにとどまっている。対外・対米長期証券投資フロー:サブプライム危機(2007)、リーマンショック(2008)ユーロ圏政府債務危機(2011年)など危機の局面では変調(双方向的資金引き揚げ)が見られたが、変調は短期的なものにとどまっている。 19
対外資産・負債の投資リターン格差:2008年にはマイナスになったが、09年からはプラスに戻っている。米国の対外資産はFDI,株式の比率が高く、対外負債は債券比率が高いので、世界的なリスク性資産の価格下落はプラスの投資リターン格差の縮小、あるいはマイナスとなり、逆は逆となる。また名目ドル相場の下落はプラスの格差の縮小、あるいはマイナスとなり、逆は逆となる。時間の制約のため、投資リターン格差の原因とその持続性分析については省略、詳しくは弊著ご参照。対外資産・負債の投資リターン格差:2008年にはマイナスになったが、09年からはプラスに戻っている。米国の対外資産はFDI,株式の比率が高く、対外負債は債券比率が高いので、世界的なリスク性資産の価格下落はプラスの投資リターン格差の縮小、あるいはマイナスとなり、逆は逆となる。また名目ドル相場の下落はプラスの格差の縮小、あるいはマイナスとなり、逆は逆となる。時間の制約のため、投資リターン格差の原因とその持続性分析については省略、詳しくは弊著ご参照。
1、米国の経常収支の変化と要因をめぐる理論的な枠組みのレビュー1、米国の経常収支の変化と要因をめぐる理論的な枠組みのレビュー (1)マサチューセッツ・アベニュー・モデル Krugman (1991) 本論と関わるポイント • 実質為替相場の変化が貿易、経常収支に影響を与え始めるまでに2年ほどのタイムラグがある。 • 貿易収支の変数は当該国と貿易相手国の所得変化、並びに実質為替相場の2つである。 • この2年ほど(期間によっては2年半)のタイムラグは、経常収支比率の水準を被説明変数、実質実効為替相場要因を説明変数として回帰した場合に観測されるものである。経常収支比率の階差(本論では四半期データを使用して前年同期比ベースの階差)を被説明にすると、実質実効相場要因との間にはタイムラグはほとんど確認できない。
(2)経常収支の趨勢的部分と循環的部分、小宮(1994)(2)経常収支の趨勢的部分と循環的部分、小宮(1994) • 経常収支の変動:趨勢的な部分と循環的な部分、主要変数間の因果関係の向きは逆になる。 • 趨勢的な部分:古典派のマクロモデルでは、完全に自由な資金移動の下で世界の実質金利はひとつに収斂して決まる。その結果、各国の資本収支の決定→経常収支の決定という方向で因果関係が働く。資本収支の赤字(資金の相手国への供給)=経常収支の黒字→自国通貨安(円安)という方向の因果関係が働く。 • 循環的な部分:変動相場制下の開放経済では、金融緩和→利子率下落圧力→資本流出→自国の実質為替相場の減価→輸出増加・輸入減少→経常収支黒字の増加(あるいは赤字の減少)(逆は逆)という因果関係が働く。(マンデル・フレミング・モデルを踏襲) • 日本や米国を対象に趨勢的部分と循環的な部分の具体的な推計は行っていない。理論モデルを構築した上での推計の試み → 松林(2010)
(3)異時点間の資源配分の最適化行動としての経常収支不均衡 「自由な国際資本移動が可能な開放経済では、経常収支不均衡は各国の経済主体が異時点間の効用最大を目指して、生涯所得を各期の消費に振り向けた結果生じるものと解釈する」萩原(2008)筆者見解:一国の経済の場合も無限に対外純負債を(対GDP比率で)拡大することは不可能であり、対外的な予算制約下に置かれている。しかしその予算制約とは有限の生涯を持つミクロの経済主体とは異なり「一定のタイムスパンの下で必ず均衡しなければならない」という厳格なものではない。当該国の対外負債全般が利払いと償還を持続し(債券の場合)、あるいは配当と証券の売買の流動性を維持し(株式等の場合)、「対外負債が長期的に持続可能な範囲に留まっている」という認識が市場参加者の間で共有されることが、対外的ファイナンスの持続可能性の要件。(「持続不可能」との認識が広がったケース:PIIGS諸国の現状)
構造的経常収支の推移(対完全雇用GDP比)(破線)構造的経常収支の推移(対完全雇用GDP比)(破線) (4)理論モデルの設定に基づいた推計経常収支の①構造的部分②循環的部分③その他要因部分松林(2010) その他経常収支の推移(対完全雇用GDP比)(バブル要因) 循環的経常収支の推移(対完全雇用GDP比)
松林(2010)の結果に関する疑問点 (1)「その他要因部分」が1980年以来2005年の赤字のピークまで一貫して赤字拡大トレンドを示しているのはなぜか? 米国の「その他要因」として採用された住宅価格の適正値からの乖離率は、バブル的なプラスの乖離は2003年~07年に見られるに過ぎない。しかしながら、推計された「その他要因部分」は1980年から一貫したトレンドで経常収支黒字比率の縮小、赤字比率の拡大を辿っている。 すなわち、住宅価格の変数と推計結果が整合しないように見える。これは非構造的部分の回帰による推計値と現実値の乖離部分(残差)を、「その他の要因による経常収支」に含めてしまっている結果ではなかろうか。 (2)循環的要因部分が2000年代に黒字を示していることの奇妙さ 住宅価格の高騰が経常収支に影響を与える経路は、主要には「正の資産効果による家計消費の増加(貯蓄率の低下)→内需成長率の上昇→輸入の増加」、並びに「住宅投資の拡大」の2つであるはずだ。その結果、国内の貯蓄投資バランスの変化(貯蓄過小・投資超過方向)と経常収支の変化(赤字拡大)が一致することになる(逆は逆)。 そうであるならば、住宅資産価格のバブルとその崩壊といえども、米国の内需成長率の変化という形で循環的な要因として反映されているはずではなかろうか。そう考えると、住宅資産価格の適正値からの乖離を循環的要因とは別の変数として回帰分析の説明変数に加える必然性がよく理解できない。
2、筆者の仮説と検証 • 為替相場(実質実効ベース)要因や所得成長(貿易相手国との成長率格差)要因の標準的な2要因では、2000年代の対外不均衡の拡大を説明し切れない(どのように回帰分析しても結果が悪い。←後ほど示す。) • 住宅バブル(正の資産効果→消費と住宅投資の増加→国内貯蓄投資バランスの貯蓄不足へのシフト)という一時的、中期的な要因を加えても、説明し切れない。 (住宅バブルが明らかに崩壊した2007年以降、不均衡の水準はGDP比率で半減したが、それでも80年代のピークに匹敵する不均衡が持続している) • 趨勢的な対外不均衡の水準をシフトさせた要因が働いている。 • その要因として、対外ポジションが生み出すキャピタルゲインに注目する。 →趨勢的に拡大傾向した対外ポジションの評価益が米国の対外予算制約条件を 赤字拡大方向にシフトさせた。
対外ポジションから生じるネット評価益は変動は激しいが、名目金額のみならず、対GDP比でも趨勢的な対外不均衡の水準を目立って変えるほどの規模に拡大している。一方、所得収支は対外純負債にもかかわらずプラスであると同時に安定している。対外ポジションから生じるネット評価益は変動は激しいが、名目金額のみならず、対GDP比でも趨勢的な対外不均衡の水準を目立って変えるほどの規模に拡大している。一方、所得収支は対外純負債にもかかわらずプラスであると同時に安定している。
対外ポジションの評価損益の発生による対外予算制約条件の右方シフトが対外不均衡にもたらす効果対外ポジションの評価損益の発生による対外予算制約条件の右方シフトが対外不均衡にもたらす効果 評価益発生前と発生後の2期(今期と来期に分けて考える(「期」自体が長期のタイムスパンであると想定) 新接点がBよりも左方の場合: 今期貯蓄増加 ケース1 今期は消費減少、貿易赤字減少 (あるいは黒字転換) 来期は消費増加、貿易黒字減少 (あるいは赤字転換) 新接点がBとCの間の場合: 今期貯蓄減少 ケース2 今期は消費増加(C1→C1’) 貿易赤字拡大 来季も消費増加(C2→C2’) 貿易黒字減少 (あるいは赤字転換) 図はケース2を表示 新接点がC点より右方の場合: 今期貯蓄減少 ケース3 今期は消費増加、貿易赤字拡大 来期は消費減少、貿易黒字増加
推測:米国の2000年代のケースはケース2、あるいはケース3の可能性が高い推測:米国の2000年代のケースはケース2、あるいはケース3の可能性が高い • 最終的には実証によって検証される問題であるが、推測は可能 • 所得が増加した場合、異なる2財に対する消費配分の変化 消費の配分が増加する財:正常財、 減少する財:劣等財 • これを異時点間の問題に応用する。 • 代表的な米国の経済主体にとって今期の消費財が来期の消費財に対して相対的に正常財であるか劣等財であるか? • 今期の消費財が来期の消費財に対して正常財であるならば、所得の増加(対外ポジションの評価益の発生)は、今期の消費を増加させ、今期の貿易収支赤字を増加させる。逆は逆で、劣後財なら消費減、貯蓄増となる。 • 2000年代の住宅価格の高騰で、そのキャピタルゲインをホーム・エクイティー・ローンによってキャッシュ化し、そのかなりの部分を消費に投じた米国家計部門の行動パターンが示唆的である。現在の消費の対象を将来の消費との比較で劣後財だと考えて貯蓄を増加させるものだとは考えがたい。
対外不均衡の趨勢的部分と循環的部分に分ける対外不均衡の趨勢的部分と循環的部分に分ける • 前半で提示したSTBRとは、長期的に対外ポジションのGDP比率を一定に維持する(STBR1)、あるいは対外ポジションを均衡化させる(STBR2)という対外制約条件の下で、貿易収支比率がどれだけ収支均衡から乖離し得るかをGDP比率で示したもの。その乖離幅は想定された期間(本稿では20年間)に生じる所得収支と対外ポジションから生じる評価損益の総額に依存している。 • 米国の場合、前掲図のE点より右方で無差別曲線が対外制約線と接しているため、今期(長期のタイムスパン)の貿易赤字はSTBRが示す赤字の水準を中心に振れていると考えられる。 • 貿易収支赤字比率の発散は事実上不可能である以上、短期・中期には貿易収支比率はSTBRから乖離するものの、長期ではその水準に回帰する。 • すなわち、STBRは小宮(1994)や松林(2010)の定義した趨勢的(あるいは構造的)部分とは異なるものの、一定の諸条件の下で趨勢的に持続可能な貿易収支比率であるという意味において、「趨勢的な貿易収支部分」と考えることができよう。 • そこで貿易収支比率のSTBRからの乖離部分を説明変数とし、標準的に考えられる循環的2要因(所得成長格差要因X1と実質実効為替相場要因X2)を説明変数とした回帰分析を行い、有効な結果が出るか検証する。
回帰分析の変数の設定 • 対象期間:1989-2009 • 被説明変数、TB:四半期ベースの貿易収支(含む経常移転収支)の名目GDP比率 -STBR2 (STBR1でも回帰した結果、僅かながらSTBR2を使った場合の方が回帰結果が良かった) • 説明変数X1(所得成長率要因):gusa/gf gusa :米国の実質内需(GDP-純輸出)成長率/米国の実質潜在成長率 gf :貿易相手諸国の実質GDP成長率/貿易相手諸国の実質潜在成長率 貿易相手諸国:FRBが貿易ウエイトで作成するドル実効相場指数(broad)の26 の国と地域のうち、ウエイトの大きい9つの国と地域(全体の75~80%占める) 潜在成長率:10年単位のGDP成長率実績値の平均値 • 説明変数X2(為替相場要因):e/eaverage-1 e:FRBの公表する実質実効ドル相場指数(broad)(四半期ベース) eaverage :上記指数の前後5年(計10年)の移動平均 米国の為替相場の変化と貿易収支の変化の間に観測されるタイムラグとして8 期(2年間)のタイムラグを設定 X1、X2ともにAugmented Dickey-Fuller検定、並びにPhillips-Perron検定の双方、あるいはいずれかで5%以内ベースで単位根を持つ(非定常)可能性が棄却できている。
所得成長率要因(変数X1)と為替相場要因(変数X2)の推移所得成長率要因(変数X1)と為替相場要因(変数X2)の推移
回帰結果被説明変数を「貿易収支-STBR2」に設定した方が、回帰結果が向上回帰結果被説明変数を「貿易収支-STBR2」に設定した方が、回帰結果が向上 想定と正負が逆
推計値の比較 35
ベクトル自己回帰(VAR)モデルによる分析結果(インパルス反応)変数の設定は前掲その1と全く同じ X1とX2に2標準偏差の変化が生じた場合のTBの変化の方向は前掲回帰分析その1と同様の結果を得た。 ↓ベクトル自己回帰(VAR)モデルによる分析結果(インパルス反応)変数の設定は前掲その1と全く同じ X1とX2に2標準偏差の変化が生じた場合のTBの変化の方向は前掲回帰分析その1と同様の結果を得た。 ↓ TB,X1,X2のグレンジャー因果関係の計測結果: X1→TB, X2→TBという方向の関係性が確認できる。想定通り。 グレジャー因果関係がないという帰無仮説が成り立つ確率は1%未満 同時により低い信頼度において TB→X1, TB→X2という逆方向の関係性も見られた。変数間の関係性がある程度は双方向的である可能性を示唆。 実際、理論モデルの示唆するところは、短期・中期ではX2→TB、長期ではTB→X2である。 なお、X1とX2の間では関係性は見られなかった。 36
参考文献Ⅰ 37
参考文献Ⅱ 38